ザカート(義務の喜捨)
ザカートは、義務であり、またイスラームの5本の柱の1つです。2つの条件が同時に満たされた時、それは義務となります。
ザカートの支払額の計算。
ザカートに関して
イスラームの最も重要な柱の一つに、全ての物は唯一神アッラー

に属しており、それゆえ富とは、委託により人類が所有させて頂いているものであるということがあります。ザカートという言葉は、「浄化」と「発育」という両方の意味があります。私達の所有物は、困窮している方々の取り分として、その一部を取り分けて喜捨することにより浄化されます。それは、木を刈り込むように、つまりこの刈り込みが、バランスとして返ってきて新しい発育を促すように。
ザカートとは、全ての成人し、精神的に正常で、(奴隷ではなく)自由の身であって、金銭的に可能なムスリムの男性と女性が、特定の範疇の人々を援助するために支払わなければならない一定のお金です。
この範疇の人々は、アッ・タウバ章の60節で定義されています。;「 施し〔サダカ〕は,貧者,困窮者,これ(施しの事務)を管理する者,および心が(真理に)傾いてきた者のため,また身代金や負債の救済のため,またアッラーの道のため(に率先して努力する者),また旅人のためのものである。これはアッラーの決定である。アッラーは全知にして英明であられる。」;悔悟章(アッ・タウバ)9:60
ザカートの義務の本質は、クルアーンやスンナ(またはハディース)、教友達やムスリム学者達の一致により固く定められています。アッラー

は、アッ・タウバ章の34-35節でこのように定義されました。
;「34. あなたがた信仰する者たちよ,律法学者や修道士の多くは偽って人びとの財産を貪り,(かれらを)アッラーの道から妨げている。また金や銀を蓄えて,それをアッラーの道のために施さない者もいる。かれらに痛ましい懲罰を告げてやれ。− 35. その日,それら(の金銀)は地獄の火で熱せられて,かれらの額やわき腹や背に,焼印が押されるであろう。「これはあなたがたが自分の魂のために,蓄積したものである。だからあなたがたが蓄積したものを味わえ。」;悔悟章(アッ・タウバ)9:34-35
預言者ムハンマド

はこのようにいわれました。;「金や銀の所有者で、その中より(ザカート)の義務を履行せぬ者は、復活の日、その者のために火の板が作られる。その板は地獄の業火で熱せられたもので、彼の脇、額、背に押し当てられる。(ムスリムによる伝承)
全ての時代のムスリムたちによって、金銀やその他の通貨などに対する、ザカートの支払いの義務の本質が認められています。
ザカートは、ニサーブと呼ばれる一定の金額に到達するか、またはそれを超えた時の義務です。ザカートは、もし所有する金額がこのニサーブより少ないのなら義務にはなりません。金と金貨のニサーブ(最少の金額)は20ミスカル、これは約85gの純金に相当します。1ミスカルは、約4.25gです。銀と銀貨のニサーブは、200ディルハム、約595gの純銀に相当します。その他の金銭や通貨のニサーブは、85gの純金に概算されます。つまり金銭のニサーブは、ザカートが支払われる日の85gの999型の金(純金)の価格です。
ザカートの支払い期日はいつですか?
1.太陰暦(ヒジュラ暦)の推移:
ザカートは、その所有者が金銭を所持下におき、1年のヒジュラ暦の期間が過ぎた後の義務です。そして所有者は、所有額の2.5%(1/40)をザカートのお金として支払う必要があります。(ヒジュラ暦は約355日です。)
2.負債の控除額
所有者は、ニサーブの金額から彼又は彼女が他人から借りている金額を控除すべきです。;そして、残り額がニサーブ額に達しているか確認し、それに対するザカートを支払います。
もし所有者が、年の初にめニサーブを支払う十分な金額を持っており、そしてその金銭が(利潤、相続、譲渡等により)増えた場合、所有者は、年初に所有しているニサーブ額に増加分を足す必要があります。;つまりヒジュラ暦の終わりの総合計の2.5%をザカートとして払わなければなりません。(このことに関しては、フィクフの学者達の間で多少の違いがあります。)
それぞれのムスリムは、彼又は彼女自身のザカートを個別に計算しなければなりません。最も重要な目的は、これがその人の資本の2.5%の各年の支払いを伴うことです。
(ザカートの計算表)
信神深い人は、彼又は彼女がしたいと思うだけ多くのサダカをも、とくに好んで秘密裏に行っているかもしれません。この単語「サダカ」は、「任意の喜捨」と訳されているかもしれませんが、それにはもっと広い意味があります。預言者ムハンマド

は、このようにおっしゃりました。「楽しそな顔であなたの兄弟達(イスラーム教徒達)に会う事もサダカである。」
預言者ムハンマド

はこのようにおっしゃりました。「すべてのムスリムにとってサダカは義務です。」これに対してある者が「何も持たない者はどうしたらよいのでしょうか。」と尋ねると、彼は「自分の両手でもって働き、収入を得てその中からサダカをするのです。」と言われました。 「それすらできない者はどうすればよいのでしょうか。」と尋ねられて、「貧しい者を助けてやるのです。」と答えられました。さらに「それすらしない者はどうすればよいのでしょうか。」と尋ねられて、「良識に適った行いや善行を勧めるのです。」と答えられました。 さらに「それすらしない者はどうなるのでしょうか。」と尋ねられて、「悪しき行いを避けなさい。それもサダカです。」と答えられました。
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